Festina lente

何気ない日記

時が経って

もうすぐ三年。

時間が経てば経つほど、色んなことが心に入ってくる。

少し前なら涙が涙だったとか、思い出す距離感というか心の距離感が、もっと近かったとか。

変わりたくなくても、時間が経てば変わっていくものだなと実感している。

これを書いている時も、気を抜くと、きっと涙が涙に。

涙の理由は色々だけど、過去の自分を裏切ってしまうようで、全部が嘘になってしまいそうで、怖い。

それでも、色んなことが心に入ってくる。

これが、時間が経つという事なのかな。

それが良いのか悪いのかは、分からないけれど。

 

なんとなく、違和感なくやり取りができる人。

久しぶりかな、こういうの。

好きになるとか、付き合うとか、そういうのは分からないけど、いつか出会うのかな、そんな風に思えた人。

出会いなんてものは、もう二度と無い、そう思ってたけど。

 

written on march 11.

出雲国へ

2020年の3日~5日、出雲大社に車で行ってきた。

なぜか今回、無性に出雲大社に行きたかった。

 

3日の早朝は仕事をして、昼過ぎ夕方前、イオンでジャンパーとシャツの上に着る長袖(総額3万円)を親が買ってくれて、19時半前に出発。

井尻までの道は、なかなか混んでた。

 

高速に乗る前におやつを買おうとコンビニを探したけど、アメリカンドッグが売っておらず。

30分ほど無駄にしてしまい、23時前に福岡ICから高速に乗る。(大晦日に取り付けたETCも初使用)

若宮付近まで時速50キロくらいまで速度が落ちる渋滞に。

サービスエリアで渋滞をやり過ごして、途中、休憩と仮眠を取りつつ、宮島SAでラーメンとうどんを食べて、もみじ饅頭とMonsterドリンクを購入。

その後も、ちょくちょく休憩をはさみつつ、広島JCTから出雲方面へ北上。

この高速道路は、両端が山に囲まれてて、とても田舎道だった。

ここでも途中で耐えられなくなり仮眠。

 

出雲大社までの道は意外と空いており、4日の8時過ぎに、出雲大社右側の駐車場に到着。

その後、人も車も混んできたので、なかなか良いタイミングで到着したのかも。

入口の出雲大社と書かれた石碑?と鳥居の前で写真を撮って、南側にもっとでっかい鳥居があることに気付き、写真を取りに行く。

途中、レトロな電車も発見。

その後は、拝殿やらウサギやら、写メりまくって出雲大社を堪能。

最初に出てきた拝殿のしめ縄を見て「あれ?意外と小さいな」と思ったけど、西側にある神楽殿のしめ縄を見て「あ~コレコレ!」と思った。

テレビでよく見るしめ縄で、とても大きかった。

スサノオを祭ってる素鵞社(そがのやしろ)で砂を持ち帰り、御本殿、図書館っぽいものなどなど、 牛と馬の銅像みたいなのを触ったりしつつ、出雲大社の境内を一通り見て回って、境内の外にある都稲荷社なんかも見てきた。

境内の中で幸縁のストラップ、外のお土産屋さんで出雲蕎麦と白うさぎの白あん饅頭とクッキー、ウサギのストラップを買った。

悔やまれるのは、境内の中のお守り屋さんで売ってた3000円の大国主勾玉ストラップを買い損ねたこと。

まぁこれは、またの機会に買おう。

境内を見た後は出雲蕎麦を食べて、13時過ぎに松江城に向かった。

島根には「宍道湖」という、かなりデカイ湖があった。

 

15時付近に松江城に到着。

何気に国宝の天守閣を堪能。

6階建てで、最上階はとても寒かった。

外人さんの子供が可愛かった。

英語しゃべってた。(当たり前)

 

松江城を後にして、ホテルでお風呂に入ったあと、夕食は何にしようかと松江市内に入ったところ「いきなりステーキ」屋さんがあったので、ヒレステーキを堪能してみた。

少しレア気味だったけど、美味しかった。

が、また行こうとはならないかも?とも思った。

会計の時、店員さんに「福岡から来ました」と言ったら「出雲大社ですか?」と聞かれた。

やっぱりあの辺の観光客だと、出雲大社なんやね。

 

20時半過ぎ、腹も満たされて車にもガソリンを入れて福岡に向かう。

途中、無料区間で高速道路の道順を間違えたりしたけど、無事に広島JCTで本線に乗る。

帰りにまた宮島SAに寄る。

途中1時間くらい仮眠を取って、壇ノ浦PAに立ち寄り、そこから一気に福岡市内へ。

 

午前8時くらいだったっけ?(8時前だったかも)に井尻に到着。 

9時くらいまで部屋で休憩した後、家路に。

 

10時前くらいに帰宅。

帰宅後、買ってきた蕎麦を堪能。

少し居眠りをしたかと思うと、あっという間に夜に。

3日から5日、楽しい時間が過ぎるのは、本当に早い。

 

この出雲旅行を機に、幸縁に巡り合えるといいな。

そして、将来の夢に向かって努力出来るといいな。

 

総走行距離は、1000㎞を超えた。

片道10時間くらいの運転は、とても疲れたけど、何気に楽しかったし、行って良かったと思った。

 

今年は、よい年になりますように。

遠くの遠くに

2019年11月22日

本当に、遠くの遠くに行ってしまったね。

今は、幸せが幸せね?

幸せでおるのはいいことやけど、最近あまり泣いてなかったけど、さすがに涙が出た。

でも不思議なのは、ここぞというタイミングで、いつも俺の耳に知らせが届く。

なんでやろね。

忘れてはダメと、言われてるんやろか。

 

そういえば、12月1日の朝の夢に、久しぶりに出てきたね。

夢の内容はあまり覚えてないけど、グループで体育祭的な何かをやってるっぽくて、それを俺が遠くから見ていたような。

そしてその後、何か紙みたいなものを俺の家で手渡されて、それを俺が確認しているときに、お互いに顔を見合わせて涙が涙やったね。

一緒にいたころによくやってた抱き方で、二人で涙が涙やった。

ものすごくリアルに感じた夢やった。

泣いて目が覚めたし。

 

夢の意味が何かは分からんけど、今は目の前の目標に向かってひたすら努力し続けるしかない。

なかなかうまい事行かんけど、それでもやるしかないんやろうね。

今、こうして目標に向かってられるのも、離ればなれになったからやし。

 

なんでか分からんけど、いつかのいつか、また会える気がするんよね。

何の根拠もないんやけど。

 

とにかく、がんばれ自分。

  

※2020年1月6日追記
この日、元職場のM保育園の運動会だったか発表会だったっぽい。
そんな日に、体育祭的な夢を見るとか凄いね。
福岡に来る途中の新幹線で、こうやって福岡に戻ってたねって思いだしたんやろかね。

2019年の誕生日

昨日は誕生日だった。

思った通り、連絡は来なかった。

まぁそりゃそうよね。

もう遠くに行ってしまったし。

一瞬くらい、思い出してくれたやろうか?

 

今年は一応、人と会う約束があったので、朝9時半ごろに家を出て、10時半くらいに到着。

初めてのパスタを作ってあげて、滞りなく一日が終わり、17時過ぎには帰宅。

家に帰ると親がまだ帰宅しておらず、電話にも出ない。

いらだつ気持ちを抑えつつダイナモまで様子を見に行くと、やっぱりここにいた。

19時前に親とようやく連絡が取れ、近所の庄屋に。

2年半前に、三人でここに来たねとか思い出しつつ…

21時前には帰宅し、風呂に入り、次の日の準備。

そして22時40分過ぎくらいに、一度は布団に入り寝ようとしたけど、少し親と話をしとくかと思い、そこから30分ほど親と会話。

そして23時過ぎに、再び布団の中に。

 

何気ない日常と同じように誕生日が過ぎて行ったけど、誕生日を一人で過ごさず、誰かと一緒に過ごせるのは良いことなのかなと、少し思ったりもした。

だけど、やっぱり心に穴がぽっかり空いてる。

 

9年前、「生まれてきてくれてありがとう」「体が邪魔」なんて言いながら、狭いベッドで二人並んで寝てたね。

今では、現実だったのか夢だったのか、本当によく分からない。

とにかく今は、目の前の壁を超えるしかない。

見返してやりたいな。

愛しい愛しい、可愛い可愛い

愛しい愛しい、可愛い可愛いやった。

でも遠くに行ってしまった。

人生、ちっとも思い通りには行かないけど

こんなことくらいで、

いや、とても悲しく寂しく、苦しく切なく、気が狂いそうなくらい辛いけど。

 

離ればなれになる前の晩、「何かの意味はあるはず」って言いよったね。

いつかのいつかの、またいつか。

お互いの人生が交差する時が、必ず来る。

絶対に来る。

そう信じてる。

俺は、絶対に負けない。